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福岡地方裁判所 昭和59年(行ウ)5号 判決 1991年2月21日

原告

白川恒雄

右訴訟代理人弁護士

羽田野節夫

右同

吉田純一

右羽田野節夫訴訟復代理人弁護士

有岡利夫

被告

許山秀哉

右補助参加人

古賀町

右代表者町長

森藤雄

右二名訴訟代理人弁護士

貫博喜

主文

一  被告は古賀町に対し、金一億一八〇〇万円及び内金一億〇五六七万七〇〇〇円に対する昭和五八年五月二一日から、内金一二三二万三〇〇〇円に対する昭和五八年七月二八日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一、二項同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、福岡県粕屋郡古賀町の住民である。

2  被告は、古賀町長であった昭和五七年二月一六日当時、古賀町におけるし尿処理施設(以下「本件し尿処理施設」という。)の建設工事につき、昭和五七年二月一六日、株式会社セキスイエンバイロメント(以下「セキスイ」という。)との間で、随意契約の方法により工事価格金八億九八〇〇万円で請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

3  本件請負契約に至る経緯

被告は、昭和五五年一二月一一日、本件し尿処理施設の建設業者の具体的選定にあたり、諮問機関としてし尿処理施設建設業者選定委員会(以下「業者選定委員会」という。)を設け、また、見積設計施工方式によりかつ随意契約の方式を採る方針を決定し、その方針に従って、次のとおり手続を進めていった。

(一) まず、被告は、財団法人日本環境衛生センター(以下「日環センター」という。)に本件し尿処理施設の見積用発注仕様書の作成を依頼しておいて、同五六年四月一五日、業者の実積を調査し、その技術、経験等を検討して指名業者五社(浅野工事株式会社、栗田工業株式会社、三機工業株式会社、セキスイ、三菱重工業株式会社)を選定し、同月一八日、その五社を集めて、日環センターが作成した見積用発注仕様書に基づき、処理能力一日当たり七〇キロリットルの現場説明会を開催した。その上で、同年五月一五日、五社から七〇キロリットルの設計図書、見積書、完成予想図(三機工業を除く。)を提出させ、同月一八日、その設計図書の審査を日環センターに依頼して、同年六月二二日、日環センターによる審査結果報告書を受領した。

(二) しかし、その後の同年八月一三日、被告は、同月一〇、一一日の厚生省のヒアリングで処理能力が六七キロリットルに変更されたとして、六七キロリットルの見積用発注仕様書の作成を日環センターに依頼し、同年一一月五日、それを前提とした技術説明会を開催した。なお、すでに提出済の七〇キロリットルの見積書については、同年一二月九日に、付帯工事の統一を図るためとして開封されたところ、その額は別紙(一)の②のとおりであった。

(三) 昭和五七年一月二五日、五社出席の上、六七キロリットルの発注仕様書に基づく現場説明会を開催し、翌月五日、五社から六七キロリットルの設計図書、見積書を提出させた。その五社の設計図書は審査のため日環センターと日本上下水道設計株式会社(以下「日本上下水道」という。)に送付された。審査の結果については、同年二月一二日、日本上下水道が土木建築工事比較検討書を、一三日には、日環センターが見積仕様書検討業務報告書をそれぞれ被告に交付した。

(四) 同年二月一五日、業者選定委員会が開催され、そこで日環センター及び日本上下水道の各審査結果を検討した。その結果は、五社とも甲乙付け難いという判断であった。更に、同委員会は、本件工事の最低制限価格を設定することとし、その価格を七億五六〇〇万円と定め、同制限額未満の業者を失格させることに決めた上で、見積書を開封したところ、その価格は、別紙(一)の④とおりで、浅野工事の見積りが最低制限価格まで二〇〇〇万円不足したので失格とし、残余の業者中見積額最低であったセキスイを本件請負工事契約の相手方相当とし、被告はその旨の決定をした。

4  公金の支出行為

セキスイは、本件請負契約に基づく工事を昭和五七年五月ころ着工し、同五八年六月ころ竣工した。被告は、古賀町長として同町収入役に対し、本件請負契約の代金の支払として、① 同五七年五月三一日金六三八万三〇〇〇円、② 同五八年四月三〇日金二億七七〇〇万円、③ 同年五月二〇日金六億〇二二九万四〇〇〇円、④ 同年七月二七日金一二三二万三〇〇〇円の各支出を命じ、その結果、セキスイに対し、右合計金八億九八〇〇万円が支払われた。

5  本件請負契約締結及び公金支出行為の違法性

(一) 随意契約方式の採用判断の違法性

地方自治法(以下単に「法」という。)二三四条一、二項によれば、普通地方公共団体が請負契約を締結する場合は、一般競争入札によるのを原則とし、指名競争入札、随意契約、又はせり売りの方法は例外的に政令で定める場合に限られることとなっており、地方自治法施行令(以下単に「令」という。)一六七条の二第一項は、随意契約によることができる場合を定める。被告は、およそ古賀町長として、町の具体的な請負契約が同項二号の「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当するか否かの具体的判断について裁量権をもつものの、本件請負契約が右に該当すると判断して随意契約の方式を採用した被告の裁量判断は、法二条一三項、二三四条一、二項の趣旨及び令一六七条の二第一項二号の規定に照らし合理性を欠くもので、裁量権の濫用として違法である。即ち、

(1) 本件し尿処理施設の処理方式である低希釈二段活性汚泥方式は、当時、他の普通地方公共団体等においても使用されているポピュラーな方式であったから、業者選定の方法として、必ずしも随意契約の方式を採る必要はなく、また、競争入札の方式が不可能であったとはいえない。

(2) 加えて、本件し尿処理施設の建設は、国庫補助事業であり、福岡県環境整備局整備課は、国の委託事務として、厚生省所管の国庫補助事業について、古賀町長である被告を行政上指導監督する立場にあったが、同課廃棄物指導係の担当吏員は、昭和五五年一二月から同五六年一月ころ、被告が本件し尿処理施設の整備計画書を右環境整備局に提出するに際しての説明会において、「メーカーごとに独自のプラントをもって設計・施工する本件のような施設建設においても、契約の公正と価格の有利性確保の観点から、建設請負契約締結の方式としては、原則として一般競争入札又は指名競争入札の方法によるべきで、随意契約の方式をとる場合にはその具体的理由を明らかにする。」よう指導し、さらには、最低制限価格の設定は相当ではない旨の行政指導もした。同町のし尿処理施設建設の担当課長外二名は、同説明会に出席し右指導を十分了知し、上司に報告済みであった。

また、福岡県内の他の多くの地方公共団体等においても、本件請負契約締結以前、本件と同種のし尿処理施設の建設工事において、指名競争入札ないし実質上指名競争入札的手法を用いており、被告も、古賀町長として、本件請負契約も入札方式によって契約するのが相当であることを十分承知していた。

(3) しかも、前記行政指導並びに法及び令の趣旨である契約の公正の担保という観点からして、随意契約を採る場合には、その積極的かつ合理的な理由が必要であるが、本件ではそのような理由が何ら示されていない。

(二) 本件請負契約の不公正と違法性

本件においては、その業者選定過程、業者選定の動機、手段において、次のとおり著しい不公正があり、前掲法及び令に照らし、被告の本件随意契約の締結は、裁量権の濫用、逸脱として違法である。

(1) 被告は、当初の昭和五六年二月ころは、業者として浅野工事を選定する予定であったが、その後、セキスイの強力な営業活動により、セキスイを業者として選定しようと考え、当初は浅野工事を含めた五社の談合に委ねようとしたが、浅野工事がこれに参加しないためにうまくいかず、結局、次のような不公正を策謀することとなった。

(2) 被告は、右策謀の一環として、昭和五六年二月ころ既に、本件し尿処理施設の処理能力として、国庫補助との関係から、一日当たり六七キロリットル容量分しか認められないことを認識しながら、指名五社に敢えて七〇キロリットルに関する見積書を提出させ、それを開封して事前にその内容を一応了知したうえ、その後、六七キロリットルに関する見積書を提出させるという手続をとった。

その上で、本件工事の最低制限価格を密かに設けることとし、その価格の算定にあっては、セキスイの社員に同価格の設定及びその価格を殊更示唆するかのように、敢えて、同社員に厚生省の基準単価等の資料提出を要求し、それをそのまま算定の基礎として用い、本件工事に限った価格と称してその最低制限価格を算出し、その価格未満の浅野工事を失格させるように策謀した。

(3) また、本件契約について中心的役割を担っていた近藤稔民生統括参事(以下「近藤参事」という。)が、業者選定委員らに対して、作為的にダンピングの噂を流して最低制限価格設定の必要を説き、右価格設定により浅野工事を業者選定から排除しようと策動した。

(4) 被告は、古賀町契約事務規則二三条の随意契約締結に関する規定に従って、指名五社から見積りを徴し、しかも、第三者機関である日環センター等の審査に委ね、その結果、業者間の設計・施工等の内容において優劣が付け難いとの回答を得ていたのであるし、最低制限価格に関する前記行政指導の趣旨や法二条一三項及び二三四条以下の規定の趣旨に照らしても、本件の業者選定は、専ら価格の点のみを基準として、最低の見積りを提出した業者を選定すべきであった。それにもかかわらず、被告は、敢えて最低制限価格を設定して、最低価格で見積りをした業者(浅野工事)を排除し、より高い価格を見積もった業者(セキスイ)を選定した。そもそも一般競争入札及び指名競争入札の場合は、最低制限価格設定の規定(令一六七条の一〇第二項、一六七条の一三)があることから、最低制限価格の設定も許されないわけではないが、随意契約の場合には明文もなく、法解釈上随意契約の場合は、最低制限価格の設定はできないものというべきである。

以上によれば、被告が、古賀町長として、随意契約の相手方としてセキスイを選考し、これとの間で本件請負契約を締結したことについて公正を妨げる事情があるから、被告が本件について、セキスイとの間で随意契約の方法で契約を締結した裁量判断には、前記法及び令の趣旨に照らし、裁量権の濫用ないしは逸脱があって違法である。

(三) 従って、被告が右の違法な契約による債務の履行として本件各公金の支出を命じた行為も違法である。

6  責任

被告は、本件し尿処理施設建設工事の契約方式の採用や相手方の選定にあっては、古賀町長として、法及び令の本旨に従ってこれを行うべき立場にあるにもかかわらず、故意又は重大な過失により、前記各法令の各条項に違反して、本件契約を締結し、もって本件公金の各支出を命じたものであるから、これによって同町が被った損害について賠償責任がある。

ことに、本件し尿処理施設業者を選定した昭和五七年二月一六日以前に、会計検査院が、同じ福岡県の北野町に設置された両筑衛生施設組合のし尿処理施設の建設請負契約に際し、最低制限価格を設定しての随意契約によって業者が選定されたことにより、国費の浪費が生じたとして、国庫補助金の返還を命じた事実があり、被告は同じ県内の町長として、これを職務上知り又は知り得べきであったはずであるから、その故意又は重大な過失の存在は明らかである。

したがって、被告には、前記5の違法行為につき、故意又は重大な過失があったものとして、同町が被った損害について不法行為ないしは法二四三条の二第一項による賠償責任がある。

7  損害

被告に前記5の違法行為がなければ、浅野工事が工事代金七億八〇〇〇万円で本件し尿処理施設の建設工事の業者として選定され、右工事を請負ったはずであった。しかるに、被告は、古賀町長として、前記違法行為によりセキスイとの間で工事代金八億九八〇〇万の本件請負契約を締結し、その差額である一億一八〇〇万円の公金を余分に支出させ(結果的に、右損害の発生と因果関係があるのは、前記4の各公金支出中、最後の支出である③の一部及び④の全部の各支出となる。)、よって右同額の損害を古賀町に与えた。

8  住民監査請求

原告は、法二四二条一項に基づき昭和五八年一二月一〇日、古賀町監査委員に対し、前記差額金一億一八〇〇万円の公金の支出及びこれにより同町が蒙った右損害金の補填等について監査請求をしたところ(以下「本件監査請求」という。)、同町監査委員は原告に対し、同五九年二月八日、原告の右請求にかかる公金の不当、違法な支出はなく監査の理由がない旨の監査結果を通知した。

9  結論

よって、原告は、法二四二条の二第一項四号により、主位的に民法七〇九条に基づき、予備的に法二四三条の二第一項後段、一号、三号に基づき、古賀町に代位して、被告に対し、前記損害賠償金一億一八〇〇万円及びこれに対する内金一億〇五六七万七〇〇〇円に対する前記4の③の公金支出日(損害発生日)の翌日である昭和五八年五月二一日から、内金一二三二万三〇〇〇円に対する同じく④の支出日(損害発生日)の翌日である昭和五八年七月二八日から、各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし4の事実は認める。

同5の事実は否認ないし争う。

同6及び7は争う。

同8の事実は認める。

三  被告及び補助参加人の主張

1  被告が、古賀町長として、本件請負契約を締結するにあたり、本件請負契約が「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」(令一六七条の二第一項二号)に当たるとして随意契約の方式を採用した判断は、町長としての裁量権の範囲内の適法なものである。

即ち、し尿処理施設の工事については、橋や校舎などの一般の土木工事と異なり、各処理施設の配置、操作の組合せ、細部設計など各プラントメーカーが独自の開発努力と経験、実績に応じ、独自の処理システムを持っており、画一的な処理システムを決定することは不可能な性質のものである。それに、橋などの建設であれば、発注者が示す設計書、工事仕様書などの指示どおり工事さえすれば、完成後の保守、維持管理費は同一であるから、建設費のみを基準として競争入札をして最低価格で入札した者に工事をさせればよいのと異なり、し尿処理施設は、一度建設すると最低一五年間使用しなければならないことから、建設費用のみでなく、施設の耐久性や維持管理費用をも考慮せざるを得ない。しかも、特殊な技術、経験をもとに設計するのであるから、これを他の業者に施工や管理をさせることはできず、各社の技術経験や信用度等も勘案する必要がある。

2  厚生省への国庫補助申請書に添付されたし尿処理施設設備計画書とその添付書類が六七キロリットルを前提として作成されたものであることは原告主張のとおりであるが、同書類中の参考見積書(<証拠>)の作成日付が、被告が五社に七〇キロリットルの見積書の提出を求めた以前の昭和五六年二月二三日となっているのは、実際は、五社見積書提出後の同年六月ころの作成であったのに、同補助申請事務の処理の都合上、日付だけを遡及させたものにすぎない。そもそも処理能力が七〇から六七キロリットルに変更されたのは、同年八月一〇、一一日における厚生省のヒアリングの結果によってであるから、右日付を根拠として策謀されたとする原告の主張には理由がない。

3  被告が設けた最低制限価格は、業者を具体的に選定する際の一つの内部的な目安に過ぎず、違法性を論ずる余地はない。

4  セキスイの建設した本件し尿処理施設は、昭和五八年稼働以来、極めて優秀な実績を示している。つまり、維持管理費も低廉であり、経済的にも効率よく稼働し、公害を発生させず、環境を汚染しない立派な施設との要求に十分応じる実績を挙げている。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし4及び8の事実については、当事者間に争いがない。

二本件請負契約及び公金支出行為の違法性

1  本件請負契約締結に至る経緯等の事実関係について

当事者間に争いのない請求原因2、3の事実及び証拠(<省略>)を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  本件の古賀町には、隣町の二町とで設立した清掃施設組合により、昭和三八年に古賀町大字大久保に建築されたし尿処理施設(旧施設)があって日量一〇〇トンの処理をしていたが、その後更に近隣の二町がこれに参入して日量一五〇トンと増大した。右投入日量の増大、施設の老朽化等によって、昭和四八年ころには、旧施設からの悪臭等がひどくなり、加えて同施設が同和地区にあったことから、差別助長などの人権問題も生じてきた。そこで、同地区住民等から悪臭対策や施設撤去の陳情を受けた右組合は、昭和五〇年二月一二日、旧施設を同五四年三月限り閉鎖する決定をした。

被告は、昭和五〇年五月一日古賀町長に就任したのち、同五二年四月一八日、古賀町のし尿処理施設を同町単独で設置することを決めた。しかし、施設の性質上、その設置場所が容易には確定できないため、時間を経過するうち、右組合は解散し、旧施設は閉鎖される状況となった。かかる状況下で、やはり同町の他の同和地区の住民から、「悪臭等の公害対策が十分に講じられること、し尿処理施設と察知されない構造・美観を保持すること」などを条件として、新処理施設を同地区内に受け入れてもよいとの申し出がなされた。そこで、被告は、同地区に設置することにし、昭和五六年三月二四日、同区長を代表者として、同区民との間で、右設置条件をうたったし尿処理施設設置に関する協定を締結した。

(二)  本件し尿処理施設整備事業は国庫補助事業であったことから、これを国からの受任事務として取扱っていた福岡県知事(担当部課は、県環境整備局整備課)が古賀町長を行政上指導監督する立場にあった。同担当課は、昭和五五年一二月ころ、本件処理施設事業の国庫補助申請手続について説明会を開いた際、出席した古賀町衛生課長らに対して、厚生省環境整備課長から各県廃棄物処理担当の部局長宛に出された内示文書(昭和五二年六月三日付、その内容は「契約は競争入札又は指名競争入札とすること。ただし、令一六七条の二の規定に該当する場合には随意契約によることができるものであること。この場合には、随意契約とする具体的な理由を明らかにすること。」というものであった。<証拠>)を配布して、同文書に基づいて説明・指導した。すなわち、県の担当課係長は、し尿処理施設の工事契約については、各メーカーが独自の技術やノウハウを持ち、単に価格の有利性のみで契約の相手方を決定しえないことも十分認識し得るが、それでもなお契約の公正という観点から、原則として一般ないし指名競争入札の方法によるべきこと、随意契約の方法によるときはその具体的理由を明らかにして行うべきことを指導した。被告も当然右指導について出席した課長らから報告を受けている。

(三)  しかしながら、被告は、本件し尿処理施設を低希釈二段活性汚泥処理方式によることとし、同方式ではプラントメーカーごとに独自の処理システムがあり各メーカーの創意工夫があることを理由に、同施設工事を随意契約の方法によってすること、但し、専門業者五社を選択、指名し、その中から設計・見積り等を考慮して、契約の相手方を選定するという方針を決めた。

被告は、右方針に基づき、まず、国庫補助申請に必要な処理施設整備計画の策定のため工事予定価格を決める必要から、昭和五六年二月二三日ころ、浅野工事及び荏原インフェルコ株式会社から一日当たり七〇キロリットル規模での工事見積りをさせた(その額は証拠上不明である。)うえ、同申請の手続を進めた。

他方、被告は、同月ころから、業者選定の具体的手続をも開始した。すなわち、まず、環境整備事業の専門業者である日環センターに見積用発注仕様書を作成させ、現場説明会などの所定の手続を経由した後、右仕様書に基づいて指名五社に七〇キロリットル容量による設計施工の見積り等をさせ、同年五月一五日にその設計図書とともに見積書を受け取るなどして、七〇キロリットル容量を前提とした業者選定の手続を進めた。なお、被告は、各社の設計図書について、日環センターへ審査依頼したが、その審査結果は、各社とも若干の手直し箇所があるものの、さして難点もなく、優劣の評価もなかった。

(四)  昭和五六年六月六日、被告は、国庫補助申請のため県環境整備局整備課長宛に、七〇キロリットル容量を内容とする古賀町の昭和五六年度廃棄物処理施設整備計画書を提出した。その際、被告としては、国庫補助での処理容量基準となる人口比からすれば、古賀町では六七キロリットル容量となることを了知していたが、将来の人口増の期待的数値を含めて、七〇キロリットル容量による申請をした。しかし、同年八月一〇、一一日同申請のための厚生省におけるヒヤリングにおいて、結局、人口比から六七キロリットル容量相当との結論が出されたため、被告は、先に提出した七〇キロリットル容量での整備計画書を六七キロリットル容量のものに差し替える必要が生じた。

そのため、被告は、整備計画書用に、再度浅野工事及び荏原インフェルコに六七キロリットル容量での見積書の提出を求め、荏原インフェルコの見積額九億八〇〇〇万円より低額の見積りをした浅野工事の七億八四〇〇万円(本体工事費のみ)を予定価格とした整備計画書を作成して、同年九月一日付で県の同課長宛に再度提出した。但し、大蔵省に対する予算折衝の便宜を考慮して、右整備計画書の作成日付を昭和五六年六月六日付とし、これに日付を白紙とした浅野工事の再度の見積書を添付したものである。

(五)  前項の経緯で処理容量が六七キロリットルと確定され、被告は、改めて、右容量による業者選定手続をやり直した。すなわち、同年八月一三日に日環センターに依頼して作成された見積発注仕様書により、同年一一月九日に指名五社への技術説明会を、翌昭和五七年一月二五日に現場説明会を開き、同年二月五日までに六七キロリットル容量による見積書及び設計図書等の再提出を求めた(原告は、被告は当初から六七キロリットル容量の処理施設となることを知っていながら、各社の見積額を事前に知るために、敢えて七〇キロリットル容量の見積りを指名五社にさせたと主張するが、右(三)ないし(五)に認定の事実に照らせば、被告が当初から六七キロリットル容量となることを確定的に認識しながら、七〇キロリットル容量での見積りをさせたものとまでは断定できない。)。

なお、被告は、右の六七キロリットル容量での見積手続中の昭和五六年一二月九日、既に提出済で密封保管中の七〇キロリットル容量での各社の見積書を、管理棟などの付帯工事の統一を図るためと称して開封し、各社の同見積額を了知した。

(六)  昭和五七年二月五日、指名五社から六七キロリットル容量での設計図書及び見積書等が提出された。その前後ころから、古賀町において本件処理施設整備事業の事務を中心となって担当していた同町職員の近藤参事は、暗に浅野工事を指称してのダンピングの噂がある旨の情報を、業者選定委員である各担当課長らに流布し、そのために本件請負契約の締結について最低制限価格を設定する必要があるかのような状況の醸成に努めたうえ、そのころ、同価格設定のための伺書(<証拠>)を担当係に任せることなく、自ら起案した(しかも、証拠として提出の<証拠>伺書には、起案者である近藤参事の外は担当の一係長の供閲決裁が印されているのみで、その決裁の予定されたラインである担当課長や助役らを経由された痕跡はなく、これらを省略して直接被告の決裁に上げられたものと推測される。ことに、担当課長は、最低制限価格の設定については予てから異論を述べていたものである。)。

なお、本件の一、二年前、福岡県北野町とその周辺の町村によりし尿等の共同処理のために組織、設立された一部事務組合である両筑衛生施設組合が、昭和五四、五五年度事業として北野町に設置したし尿処理施設の建築工事に際して、同組合長は、本件同様、最低制限価格を設定のうえ業者選定し、やはりセキスイと請負契約を締結して施工させた。その後、これについて会計検査院の検査が入り、同検査院は「し尿処理現場は特殊の施設で建築に特別の技術を要することから、業者選定の範囲も狭く限定されるので、特別の技術を有する企業のみがその建設に当たるということになっているので、入札の際、最低制限価格を設定する必要は認められない。最低の見積りをした業者に施工させるべきであって、結果的には国費の無駄遣いにつながる。」との見解のもと、最低見積額と実際の請負代金額との差額に対応する国庫補助金の返納を命じた先例が存在した。県も右の事例を重視し、同見解に基づいて、同様の処理施設整備事業を行う予定の県内地方公共団体に対して、右事例を示しつつこれに十分配慮するように注意・指導してきた経緯がある。

(七)  他方、近藤参事は、右噂を流布する一方で、指名五社の六七キロリットル容量の見積書等の提出期限の直前の昭和五七年一月末ないし二月初めのころ、最低制限価格を決定するについて、敢えて、選定対象となる指名五社のうちの一社であるセキスイの担当所長に対して、ダンピングの噂があるので最低制限価格を決めるにつきいい資料はないかと云って、その提供を求めた。そこで、同所長は、そのころ「環境整備課」作成名義の「昭和五七年度廃棄物処理施設整備関係予算内示額内訳」と題する書面を同参事に届けた。同書面には、被告がその算定基準とした別紙(二)1、2の単価と全く同一の、し尿処理施設及び同排水処理施設のキロリットル当たりの単価が記載されていた。

同参事は、右資料による単価を本体工事のみに関するものであるとして、本体工事の算定単価基準として採用し、別紙(二)の1、2のとおり試算し、これに付帯工事費を加え、これらから一定割合を減額した最低制限価格案三案を出し、これを前記伺書に添付して被告に提出し、業者選定の最終審議に備えた。しかし、右書面に記載の単価は、本体工事のみならず付帯工事の大半をも含めて設定された価格であったのに、同参事は、敢えて右が本体工事のみについての厚生省基準価額であるとし、契約後の町議会でも当初その旨の説明を行った(<証拠>)。

なお、別紙(一)のとおり、セキスイが右資料提供後に被告に提出した見積書の見積額は、僅か三キロリットル多い七〇キロリットル時の見積額を一億三四一〇万円(約13.4パーセント)も下げた価額であり、しかも、右見積額は、同社が近藤参事に提供した右資料記載の工事基準単価により算出される価格と僅か三一二万円の差額があったに過ぎず、殆ど同額といえるものであった(別紙(二)3参照)。

(八)  六七キロリットル容量について指名五社から提出された見積書は、町助役室の金庫に保管され、同時に提出された各社の設計図書は、本件処理施設の工事施工の監理を委託された日環センター(環境関係専門の業者で本件処理施設本体を担当)と同じく日本上下水道(土木、建築工事関係を担当)の各審査に出され、昭和五七年二月一二日及び一三日に、その審査結果報告書が被告に提出された。

審査結果は、各五社とも若干の手直しを要する箇所があるものの、これを手直しすれば技術的には甲乙つけ難いという内容であったが、日本上下水道の検討結果では、浅野工事を良、セキスイを可とする総合評価がされていた。

同月一二日、日本上下水道の担当所長が同社の右審査結果を持参した際、近藤参事と同所長とがダンピングの噂など雑談中、偶々同所長から一定単価以上を掛けて工事をする必要がある趣旨の話が出た。同参事は、これを幸に、最終の業者選定委員会や契約後の町議会に対する説明用資料にする意図で、同所長に、右趣旨の内容を文書として作成・提出するように要請した。それで、同所長は、「余りにも安い価格では適正な機能性と耐久性が確保できない場合がある……」と記載した文書を、翌日、同町衛生課長宛に提出した。

(九)  町議会の開催時期との関係から業者選定についてのタイムリミットを迎えた昭和五七年二月一五日の夕方から翌日未明にかけて、被告を長とし、同町の三役や幹部職員一〇数名が出席して業者選定委員会が最終的に開かれた。ここで日環センターなどの前記審査結果報告書が検討された結果、指名各社の設計に優劣はなくその面では各社は横一線にあり選別できず、いずれの社を選定するも支障はないというのが各委員の認識であった。

そこで、近藤参事からダンピングの噂があることを理由に、予て被告に提出済の伺書で意見具申していたとおりの最低制限価格の設定の当否及び額について検討された。その結果、最低制限価格を設定することとし、近藤参事が準備した右伺書添付の価格案が検討され、その第一案であった別紙(二)の1ないし4の算式(但し、原案は付帯工事費をも含んだ試算であったが、その内本体工事に限ったもの。)によって得られる七億五六〇〇万円が、最低制限価格として採用された。そのうえで指名五社の見積書が開封され、各社の見積額は別紙(一)の④記載のとおりであった。

その結果、最低制限価格に二〇〇〇万円満たなかった浅野工事が選定対象から除外され、残余の四社中セキスイが最低の見積りをしていて本件契約の相手として相当とされた。そこで、被告は、同一六日にセキスイを業者選定し、同日、同社と交渉してその見積額から僅か一五〇万円を値引きさせて請負代金額を八億九八〇〇万円としたうえ、直ちに同社と本件請負契約を締結した。

(一〇)   被告及び近藤参事は、その後本件請負契約の承認を求めて開催された町議会や清掃特別委員会において、本件契約を随意契約によったのに最低制限価格を設定した理由及びその制限額の算定について、次のとおりの説明を行った。被告らがこれ以外に右理由について公に説明しためぼしい事実はない。

① 本件し尿処理施設の設置にあたり、被告と同設置地区区長との間において、前記(一)のとおり、施設から悪臭等の公害を出さず、し尿処理施設と察知させない構造で、美観を保持できる立派な建築物とする旨の協定を締結していたこと。

② ダンピングの噂があって、これに備える必要があったこと。

③ 日本上下水道から担当課長宛に、前記(八)のとおり文書で「あまり安い価格では適正な機能性と耐久性が確保できない場合がある。」との注意を受けたこと。

④ 最低制限価格は、国庫補助に関する厚生省の基準単価によったもので、右基準単価は工事単価の最低制限を定めたものであるから、これを基礎単価として算定したものであること。

以上を経過のうえ、請求原因4のとおり、セキスイは、工事着工して昭和五八年六月竣工させ、被告は、支出命令を発することにより、収入役をして四回に分けて右請負代金として公金を支出させた。

以上の事実が認められる。

右の事実関係をもとに、項を改めて争点である違法性について判断する。

2  随意契約の方法選択の適否について

(一)  原告は、まず、被告が本件請負契約が「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」(令一六七条の二第一項二号、以下「不適要件」ともいう。)に該当すると裁量判断して、随意契約の方法を選択・採用したこと自体が、法二条一三項、二三四条一項、二項の趣旨、令一六七条の二第一項二号に照らし、裁量権の濫用であるかのように主張する。

確かに、法は地方公共団体の契約担当者が行う契約締結の公正や価格の有利性確保の観点から、一般競争入札の方法を原則としており、随意契約の方法によるのは例外的なものと位置付けている。しかしながら、法及び令は前記の不適要件の充足を前提に随意契約を許容しており、右の要件該当の事例としては、競争入札によること自体が不可能又は、著しく困難な場合に限らず、必ずしも不可能、困難とはいえないが、競争入札によって得られる価格の有利性を多少犠牲にする結果となるにしても、右契約担当者が、当該契約の目的、内容に照らして、それに相応する資産、信用、技術、経験等を有する相手方を選択して、その者と間で契約をするという方法をとった方が、当該契約の性質、目的の究極的達成ひいては当該公共団体の利益増進につながると合理的に判断される場合も含まれるものと解され、このような不適要件を充足する場合であるか否かは、個々の具体的契約ごとに、当該契約の種類、内容、性質、目的等諸般の事情を考慮して、当該契約担当者の合理的な裁量判断により決定されるべきものである(最高裁第二小法廷昭和六二年三月二〇日判決民集四一巻二号一八九頁参照)。

(二)  これを本件についてみるに、前記認定事実及び証拠(<省略>)によれば、本件し尿処理施設で採用された低希釈二段活性汚泥方式は、当時ポピュラーなものではあったが比較的新しい方式であり、各メーカーとも処理施設の配置、操作の組み合わせ、細部設計などで独自の開発努力をし、その経験、実績を重ねて独自の処理システムを有しており、画一的にシステムを決めることは不可能な性質のものであったこと、施設の耐用年数が一五年以上と長期に亙るを要し、単に工事費用のみならずその耐久性や維持管理費用をも考慮する必要があること、特殊な技術、経験のもとに設計施工されるものであるため、その施工や事後の維持管理を他の業者に委ねることは不可能で、設計・施工から完成後の維持・管理までを一貫して、同一業者に行わせるのが望ましいこと、したがって、各業者の技術、実績、信用等も十分考慮する必要があることが認められる。

右事実によれば、当時その方式がポピュラーなものであったとはいえ、各社のプラントには技術的にかなりの相違があり、施設の耐久性や事後の維持管理にも配慮する必要から、本件請負契約をするについて契約担当者である被告においても、価格の有利性を多少犠牲にしても、相手方の技術、経験、信用等を熟知し、考慮・検討したうえで、相手方を選定、契約するのが妥当な場合であったと一応認められるから、被告が本件請負契約の締結に先立ち、右契約が令の不適要件を充足するものとした判断には一応の合理性があり、契約担当者としての裁量判断に裁量権の濫用・逸脱があったとは認め難い。

したがって、右の判断のもとに被告が本件請負契約について随意契約の方法を選択したこと自体については、その裁量権の範囲内に属し、それに違法性があったとはいえない(前記1の(二)のとおり、被告は、原則として競争入札によるべき旨の県の指導には従っていないけれども、右は契約担当者としての被告の裁量行為の範囲に属するものであるから、右結論を左右するものではないことは当然である。)。

3  本件随意契約の不公正と違法性について

(一)  次に、原告は、本件請負契約が随意契約の方式によったからといって、直ちに違法とはいえないとしても、被告の右契約の相手方選定の過程、手段、方法等に公正を妨げる事情があって、結局は、被告が本件請負契約を随意契約の方法によってより高額の見積りをした相手方と締結したことについて、裁量権を濫用した違法性がある旨主張する。

確かに、令一六七条の二第一項二号にいう「その性質または目的が競争入札に適しないもの」(不適要件)に該当するか否かは、契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として普通地方公共団体の契約締結の方法に制限を加えている法・令の趣旨を勘案して、個々の具体的契約ごとに、契約担当者がその合理的裁量により判断すべきものである(前掲最高裁判決参照)から、随意契約の方法により特定の業者を契約の相手方としたことについて公正を妨げる何らかの事情がある場合には、契約担当者に裁量権の濫用があって、その契約の締結が違法と評価されることにもなる。

(二)  右の観点から、被告の裁量権の濫用ひいては本件契約の違法性の存否について検討すべきところ、本件請負契約において公正を妨げたとする問題の中心的争点は、被告が同契約の見積額について最低制限価格を設定した点、そして指名五社の競争見積りにおいて最も低額見積者であった浅野工事を、その見積額が最低制限価格を下回るということを唯一の理由として、当該契約の相手方から排斥した点に公正を妨げる何らかの事情が介在してはいなかったかにあると思われる。

そこで検討するに、右制限価格の設定及びその額の決定経緯について、前認定事実から次のような事情を認定・判断することができる。

(1) 本来、地方公共団体の契約担当者が、当該契約を随意契約の方法によってする場合は、価格の有利性のみを唯一の基準とせず、契約の性質、目的ひいては当該公共団体の利益の増進等の諸要素を考慮して、見積りや設計図書を比較検討したうえ、その契約担当者の裁量により、文字どおり契約の相手方を随意に選択しうる権限を有するのであるから、右契約対価について最低制限価格を設定する必要性は極めて薄く、仮に設定したとしても、せいぜい契約金額の目安ないしは予定価格的なものとして取扱えば足りると解される。被告も主張としては単に内部的な目安に過ぎないと述べている。

しかし、前記(六)、(七)に認定の業者選定の経過に鑑みると、被告は、本件請負契約の相手方を選定するについて、後述のとおり右設定した最低制限価格をあたかも競争入札における予定価格の制限価格と同視し、相手方選別の重要な一基準として厳格にこれを用い、浅野工事を契約の相手方から排斥する唯一、最大の根拠としたことは明白であり、町議会などでもそのように説明してきた(<証拠>)。

(2) 被告は、本件し尿処理施設整備事業計画策定の当初の段階から浅野工事を調法とし、同事業への国庫補助申請手続のための同整備計画の工事予定価格決定の目的で既に二回、更に指名五社の競争見積りとして二回、合計四回もの見積書を同社に提出させた。即ち、前記(三)ないし(五)及び別紙(一)の一覧表のとおり、①昭和五六年二月、同整備計画用として七〇キロリットル容量の、②同年五月一五日、指名五社の競争見積りとして七〇キロリットル容量の、③同年八月末ころ、六七キロリットル容量へ設備計画変更があっため同容量での、④最後に、翌五七年二月五日、他の指名四社とともに最終見積りの六七キロリットル容量の、各見積書を提出させた。加えて、④の見積りの二カ月前である昭和五六年一二月九日には、被告は、②の五社の見積書を開封して各社の見積内容及び額を了知していたし、④の見積りは単に処理容量の減量という事情のみでの②の見積直し的な性格のものにすぎなかった。

したがって、被告としては、④の最終の見積りを求めた際には、浅野工事には事前に既に三回もの見積りをさせていたし、同社の①ないし③の各見積額や処理容量の減量等を相互に比較検討することによって、④の見積りにおける浅野工事の見積額を凡そ推算しえたものと推測されるし、他の指名業者も同様に浅野工事のそれを推算しえたものと思われる。特に、被告は、七〇キロリットル容量での浅野工事の見積額が本体工事価格七億六〇〇〇万円であったことを、④の見積書開封前に知っていたから、その減額容量比率からして、④の見積りに際して、同社の見積りが被告が後に設定した最低制限価格の七億五六〇〇万円を下回るであろうことまでも十分予測できたものと考えられる。

現に、④の見積りにおいては、②からの減量三キロリットルの七〇キロリットルに対する比率が約4.3パーセントであるのに対比して、右見積直しをした指名五社の④の②に対する各見積額の増減率は、別紙見積額一覧表⑤に記載のとおりであった。浅野工事が約3.2パーセント減の七億三六〇〇万円であり、その予測された額に殆ど近似した額を見積もったのに対し、他の各社(但し、三機工業は逆に三六パーセント増額でいかにも不自然であり、同社は既に本件請負契約の競争見積りから脱退する意思であったことが十分窺われるので、同社は論外とする。)は、8.7ないし13.4パーセントもの減額見積りであった。ことに、本件契約の相手方となったセキスイの減額率は五社中最も高率で、金額にして一億三四一〇万円もの減額をして、最低制限価格を上回る最も低額の業者となった。

このように、浅野工事は、被告が予測したとおり、処理容量の減量に概ね比例する減額を行って、②の見積りとほぼ一貫性のある見積りをしていることが明らかである(もっとも、③の見積額はやや高額のようであるが、これが国庫補助申請手続上の予定価格決定のためという見積りの目的をもってされたことを考慮すれば、実際の契約獲得のために競争見積りとしてされた④の見積りより高額となっても不自然ではない。ことに、<証拠>を対比してみると、(4)で後述するとおり被告が最低制限価格を決定した際に管理費相当分を減額したと同様の手法により、③の見積額から、一般的に減額又は値引き可能な一般及び現場管理費等項目についての減額相当分―③と④の同項目の差額は四二〇〇万円である。―を減額した額が④の見積額となったものと推測される。)。

なお、被告は国庫補助申請の審査前であり、本件処理施設の処理容量が確定していない段階で、同補助手続で容量の決定基準とされる人口比からすれば、古賀町の場合は同処理容量が六七キロリットル容量であり、右決定が同容量でされる可能性もあることを承知しながら、敢えて、右時点で七〇キロリットル容量での指名五社の見積りをさせた点にも疑問がないわけではない。

(3) 他方、指名五社の本件処理施設の設計図書等の技術的側面についてみれば、前記(三)に認定のとおり、し尿処理施設等の環境整備事業の専門業者である日環センターにより作成された統一仕様書に基づいて提出された指名五社の各設計図書を、更に同センターに審査依頼し、その検討結果では、各社間にさして技術的に優劣もないとされていたし、被告は、各社の業態、既施工の施設等を調査したうえで、多数の業者の中から五社を指名し、それに浅野工事が含まれていたのであるから、同社は本件同種処理施設の業者として、業績、信用、経験、資力等についても何ら問題もなかったことも明らかである(実際にも、被告は、これらを業者選定の過程で特に問題としておらず、浅野工事排斥の事由として言及したことは全くない。)。

(4) 右(2)、(3)の状況からして、被告としては、このままの推移で業者選定の手続が進められれば、浅野工事が最低額の見積りをすることが十分予測されたし、同社は技術的にも、業績、信用等の面でも問題がないというのであるから、同社を本件請負契約の相手方から排斥するに足りる合理的理由も発見し難く、同社を相手方に選定せざるを得ない状況に立ち至ることを十分認識したものと推定される。

右の状況下で、前記(六)、(七)に認定事実のとおり、本件事業の事務処理担当の中心的職員であった近藤参事において、④の見積書提出時期に前後して最低制限価格を設定し、同価格以下の見積業者を失格とする工作をしたと推測される。

すなわち、同参事は、まず、十分な根拠もないまま浅野工事がダンピングをするとの噂を流して最低制限価格設定の必要があることを説き、その額決定の参考資料とするためにと称して、敢えて浅野工事の対抗馬と目されたセキスイの担当社員に資料を求め、提供された資料(厚生省の「廃棄物処理施設関係予算内示額内訳」と題する公的な資料とみられる。)に記載の単価を最低制限価格算出の基準価格とすることにし、担当課長ら担当部署のラインに相談することもなく、自ら、被告宛に、ダンピングの噂があるので万一に備えて最低制限価格の設定をして、同額以下の見積業者を失格としたい旨の伺書を起案し、これにセキスイから入手した右資料に従って算出した額から管理費相当分の一ないし0.5割を減額した額を案として添付し、直接被告の決裁に上げた事実(前記(六)、(七)の事実及び<証拠>)からも、右工作を推測できる。勿論、右制限額は、当然(2)で述べた浅野工事の見積予測額を上回る額であった。

なお、右最低制限価格の設定については、本件審理のため設置された同町の清掃特別委員会や町議会に対しても全く極秘に行われた。

(5) しかし、他方、セキスイでは、前記資料の提出によって、被告が最終の業者選定において最低制限価格の設定をすること及びその算定基準を察知したものと推測され、その結果として、④の見積りにおいては、セキスイが②の際よりも大幅に減額した見積額を出し、これが浅野工事を除く他の四社中の最低額となっただけでなく、その見積額は、右提供にかかる資料に記載の算定基準により算出した額と殆ど一致した額(但し、被告の最低制限価額算定における管理費用相当額を控除する前の数値である。)となったと考えるのも不自然とは思えない。

その後、前記(八)に認定のとおり、日環センター及び日本上下水道による各社の設計図書等に対する審査結果では、各社いずれもさして技術的欠陥はなく甲乙付け難いというもので、総合評価ではセキスイより浅野工事の設計が上回るとの評価もあったこと、各社の技術、業績、信用等も問題がなかったことから、被告としては、業者選定に当たっては、工事見積価格に着眼して業者を選定する以外の選定基準は殆どなくなった状況となったもの推認される。

そのような状況にあって、同参事は、前記(八)に認定の経緯で、最終の業者選定協議の二日前に、日本上下水道の担当所長に「安価な工事価格では適正な機能性と耐久性が確保できない。」趣旨の文書(<証拠>)の作成を要請して交付を受けたうえ、町議会での最低制限価格設定の理由説明で、右のことを非常に重視し懸念したことが右設定の主要な根拠となったと答弁している。これらからすると、同文書は、町議会における答弁の資料とする意図により要請された結果作成されたものであることは明らかである。

(7) 以上の経過のもとに、前記(九)に認定のとおり、被告は、昭和五七年二月一五日夜から最終の業者選定委員会を開き、そこでの各委員の認識は指名各社の設計等に優劣はないというものであったのに、ダンピングの噂、日本上下水道の右文書の存在等を理由として、前記伺書のとおり、最低制限価格を決めて同価格以下の業者を排斥すること、その額は、セキスイから得た資料にある基準単価によって別紙の(二)1ないし4のとおりに算出した額とすることを検討して、被告が同伺書を決裁して(<証拠>)これを採用したうえ、指名各社の見積書を開封し、予測したとおり唯一最低制限額を下回った浅野工事を失格とし、他の四社のうち最低見積りをしたセキスイを本件請負契約の相手方に選定したことが明らかである。

しかし、別紙(一)のとおり、浅野工事の右制限額を下回った額は僅か二〇〇〇万円(同制限額の約2.6パーセント)にすぎず、これに対してセキスイは八三七〇万円(同11.1パーセント)も上回っていたし、しかも、右制限額算出の基礎となった基準単価そのものは、国庫補助のために設定された目的を異にする基準単価であり、更に、被告においても、右基準が本体工事のみに関するものか付帯工事の全部または一部を含むのかを十分確認しておらず、曖昧な基準であったし(因に、右基準単価に付帯工事分も含まれるとしたら、浅野工事の見積額は最低制限価格を超過していることになる。)、また更に、地方公共団体の契約担当者として価格の有利性をも考慮すべき立場にある被告としては、右開封の結果から、直ちに浅野工事を失格させることなく、随意契約の方法によったことを顧み、その立場を十分考慮して、同社と個別折衝を持つなどしてダンピングや手抜きについて十分な保証・確認を取付け、価格についても調整したうえで(現に、セキスイとの本件契約では、僅か一五〇万円ではあったが、見積額から減額の交渉をしている。)、同社と契約することができるはずであり、そうすることが、地方公共団体の契約担当者として、同町や町民のために最も妥当な処置であったと思われるのに、かかる検討も努力も全くしていないことが明らかである。

(三)  被告は、最低制限価格を設定した理由については、本件で具体的に主張はしないが、町議会や同清掃特別委員会においては、前記(一〇)に認定記載の四点を挙げて執行部の答弁としている。

(1) まず、設置地区との公害、美観等に関する協定書の存在であり、被告は、あまり低廉だと手抜き工事の恐れがあって、同協定を履行できない旨答弁している。

なるほど、競争入札のように競争原理が働く方法による場合には、価格競争によって採算を度外視した廉価での落札による契約もありえて、その結果手抜き工事の危険も考えられるので、令は最低制限価格の設定を肯認している(令一六七条の一〇第二項、一六七条の一三)。しかし、本件のように随意契約の方法による場合には、最低制限価格を設定する必要に乏しいばかりか、却って、右の設定は法二三四条一、二項の趣旨に反し、二条一三項に違反する結果にもなりかねない。

本件においては、手抜き工事を防止する意味からも、被告において、指名業者を選定する段階から、町職員や議員らを各業者の施工施設等を視察させるなどして調査し、それらの工事実績や技術、信用、経験等を十分検討のうえ五社を指名しているし、環境処理施設の専門業者である日環センター作成の統一した見積用発注仕様書に基づき各社が作成提出した設計図書等を、日環センター及び土木建設の専門業者である日本上下水道にそれぞれ審査させ、その結果、各社とも公害問題を含めて技術的に問題なしとの審査結果を受けており、しかも、右の各専門業者が本件工事の施工監理を行うことになっていたのであるから、相当廉価での見積りであったなら格別、本件工事において手抜きを慮る必要性は極めて乏しく、また、五社設計の施設の美観や建物の配置等を被告らが問題とした事実は窺えず、したがって、前記協定等の存在が被告の最低制限価格設定の理由として合理性があるものとは考えられない。

(2) 次に、ダンピングの噂に備える必要を述べているが、<証拠>によれば、近藤は、右噂を氏名不詳の報道関係者らしい者から聞いたという極めて曖昧で漠然とした証言を反復しているのみならず、他の関係職員も近藤からのみ噂を聞かされたというに過ぎないことが認められるに止まり、噂の存在自体疑わしいが、仮にそうであっても、他に確認の手段など全く取ることもなく、右の程度の噂から直ちに最低制限価格を設定するというのも軽卒の誹りを免れず、却って為にしたものとの疑いを抱かせるもので、これも最低制限価格設定の合理的理由というをえない。

(3) 日本上下水道から適正な機能性、耐久性保持のため、一定額以上の単価を確保する必要があるとの勧告を受けた事実をもその理由とするが、右(1)でも述べたとおり、日環センター等専門業者によって各社の設計にはいずれも技術的に問題がないとされたのであるから、その上で機能性云々をする必要はないと思われ、右も合理的理由とするのに乏しいと考える。特に、右の勧告なるものは、近藤参事の要請や示唆によって委託業者の立場から書かされたものであり、その要請の目的は議会等での説明の資料とするためで、急遽作成されたものであるし、日本上下水道は、し尿処理施設の本体そのものでなくその施設の土木、建設の専門業者であり、本件でも土木、建設の施工監理を請け負った業者であったのにすぎず、右文書の存在が最低制限価格設定の合理的根拠となるものとは到底思えない。

(4) 最後に、その最低基準価格も、国庫補助の基準単価によったもので、適正であったことを挙げるが、証拠(<証拠>)によれば、国庫補助の対象は本体工事のみに限られるわけでなく、美観・美粧等のための費用を除く付帯工事をも対象とするものであること、被告がこれを本体工事のみに関する基準として取り扱い、これを基準に最低制限価格の額を算定したことは、その前提において誤りを犯していたこと、被告及び近藤参事は、本件契約直後の町議会や清掃特別委員会においては、右基準単価が本体工事部分に限られたものとの答弁を繰り返していたが、その後の委員会等では、議員の追及を受けて付帯工事の大半をも含む趣旨の答弁に変えたことが認められるのであり、右基準単価の採用が本件最低制限価格算定の合理性を根拠づけるものではない。

右のとおりであって、被告が、最低制限価格設定の根拠として、公的に述べている理由は、いずれも合理性があるとはいえず、現に、本件契約直後の町議会や委員会等で、右理由を疑問視する厳しい質疑がされており(<証拠>)、前記認定、判断した諸事情をも考慮すれば、右の各理由は、むしろ議会対策や世論工作のために敢えて作出した理由というほかはない。

(四) 以上の認定・判断、ことに、本件請負契約においては、被告が予て随意契約の方法でかつ業績等を調査して指名した大手業者五社による競争見積りの方法で右契約の相手方を選択することに決めて手続を進めていたし、被告が審査を委託した専門業者からも右各社の設計等技術面に問題はないとの評価を受けていたのであるから、本来最低制限価格を設定する必要性は極めて乏しいはずであったのに、被告は、前述のとおり他に合理的理由もないまま、ただ根拠の希薄なダンピングの噂を流布し、これを主たる理由として右価格を設定し、これ以下の見積業者を排斥することにしたこと、しかも、右価額の決定についても、被告は最終的に本件請負契約の相手方としたセキスイにその資料提供を要請し、提出された資料記載の基準単価を(その工事対象を本体工事のみと曲解した形で)基礎として算出した額によったこと、被告としては、浅野工事の見積額を事前に十分予測できた状況にあり、それが右最低制限価格以下となることを認識したうえで右価格を決めたこと(むしろ、右の結果を求めるため、セキスイ提供の資料の単価基準を採用した疑いすらある。)、その結果、浅野工事は、右制限価格を僅か2.5パーセント下回ったにすぎず、これがダンピングとは到底思えないし、しかも随意契約によったのであるから、被告は、同社と契約額の交渉やダンピングについての工事保証を取り付けるなどの再交渉を行って然るべきなのに、右制限価格以下であることを盾に、直ちに契約相手方から排斥し、他方、浅野工事より一億一九五〇万円もの高額の見積りをしたセキスイ(右資料提供を要求されて制限価格の設定及びその凡その額を察知しえたと思われる。)を、単に右制限価格を上回って見積りをした業者中の最低見積りをした業者であったことを唯一の理由に、本件請負契約の相手方に選定したこと、以上を総合・考慮すれば、次のとおり判断することができる。

すなわち、被告は、本件請負契約を随意契約の方法によることとしたのに、右契約の性質、目的達成のために要求される資力、信用、技術、経験及び設計内容等を比較検討して、その優劣・当否を考慮し、ひいては古賀町の利益増進の観点から本件請負契約の相手方を選定したのではなく、それ以外の事情に従って右選定をしたものというほかはない。また、そうしてセキスイを選定したことに積極的合理的理由があるならば、最低制限価格の設定等も、随意契約により本来任意に相手方を選定しうる中での一つの説明のための便法と理解する余地もあるが、前記認定のとおり、被告においてセキスイを選定したことについての積極的合理的理由は何ら窺われない。だとすると、結局は原告も主張するとおり、右業者選定には合理性を欠くのみならず、却って、特定業者と契約する意図で他の業者を排斥したものと推認するほかはない。これは、地方自治法が基本理念とする契約についての機会均等や価格の有利性の基本理念にもとり、契約の公正を妨げる事情といわざるを得ない。

そうすると、被告には、古賀町の契約担当者として本件請負契約の相手方を選択・決定するについて、法二三四条二項、令一六七条の二第一項二号により、同契約担当者として有する同号該当性の判断ひいては随意契約の方法による本件請負契約の締結について、その裁量権限を濫用・逸脱した違法があったものといえ、右違法な契約の履行として被告が行った公金の支出行為も違法というほかはない。

三責任及び損害について

前記認定にかかる被告の本件請負契約締結に対する関与の態様からすれば、被告は町長として、法・令の趣旨に従って相当の注意を払って公正に本件請負契約の相手方を選定・契約すべき職務上の注意義務があったのに、故意にこれに反したか、少なくともこれを怠った過失があるというほかはなく、したがって、右契約の履行として自ら命じた本件各公金の支出行為についても、これによって古賀町が被った損害を賠償する不法行為上の責任がある。

そこで古賀町が被った損害についてみるに、叙上認定の事実に照らせば、被告が本件し尿処理施設の工事を浅野工事に請負わせたとしても、セキスイが施工・完成した本件処理施設と機能性、耐久性その他の面においても、また、施設管理や外観等の面においても、同種・同程度の施設が完成されたであろうと推測される。したがって、被告は、本体工事及び付帯工事(付帯工事の設計及び施工種目等については、セキスイと浅野工事との間にさして大差がないものと認められる。<証拠>)を含めた全体工事の見積りについて、最低の七億八〇〇〇万円で見積りをした浅野工事を排斥し、八億九八〇〇万円の請負代金でセキスイと本件請負契約を締結したことによって、古賀町に対して、その差額分一億一八〇〇万円の余分の公金を支出させ、もって同額の損害を与えたことになる。

四結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由があり、被告は古賀町に対して、主位的主張である不法行為による損害賠償責任に基づいて金一億一八〇〇万円及び内金一億〇五六七万七〇〇〇円に対する第三回目の公金支出日の翌日である昭和五八年五月二一日から、内金一二三二万三〇〇〇円に対する第四回目の公金支出日の翌日である同年七月二八日から、各支払済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について、行訴法七条、民訴法八九条を適用し、仮執行の宣言については相当でないから付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川本隆 裁判官川神裕 裁判官佐々木信俊)

別紙<省略>

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